若者を中心に広がる新語・流行語は、現代を生きる人々の思考や価値観を反映する重要なカギとなっています。今回は、新語・流行語が生まれる背景や、言葉が社会に浸透する過程について、大正大学日本文学科の中川祐治教授に教えてもらいましょう。
- ここをCHECK
- 「界隈」はもともと場所を指す言葉だった
- SNSを通じて誰もが流行語を生み出せる時代に
- 江戸時代に流行した「遊女言葉」は現代の「ギャル語」と同じ!?
「界隈」の本来の意味って? 時代に合わせて意味を拡大する言葉たち

毎年、生まれてはすぐに消えていく新語・流行語。昨年(2024年)も、「ほんmoney」「それガーチャー! ほんまゴメンやで」などさまざまな言葉が登場し、10代、20代を中心にあっという間に広まっていきました。そんな新語・流行語の中でも、日本語学の視点から見て興味深いのが「◯◯界隈」だと中川先生は言います。
中川先生「“界隈”という言葉は、もともと『近所』や『周辺』など、特定の地域やその一帯を指す際に使われてきました。ところが近年は、さまざまな分野やコミュニティを指す言葉として使われるなど、意味合いが広がっています。
例えば、『ネット界隈』や『就活界隈』などと表現する場合、ネットの世界や就活に関わる人たちのことを指しますよね。また、『アニメ界隈』『K-POP界隈』など、共通の趣味や価値観を持つ人々のコミュニティを指すために使われることもあります。最近では、『風呂キャンセル界隈』など、同じような行動パターンを持つ人々を指す際にも使用されるようになってきました」
このような新語・流行語の広がり方は、お笑いでいう「一発屋」のようなもの。言葉のニュアンスが面白いため、ショート動画などを通じて一斉に拡散されますが、そのぶん寿命も短く、数カ月後にはブームがすっかり落ち着いています。
中川先生「その一方で、汎用性のある言葉は流行語からスタートしても、死語にならずに定着していく傾向にあります。例としては、『エモい』や『ガチャ』といった言葉が挙げられるでしょう。2022年に出版された『三省堂国語辞典 第八版』には、『陰キャ』や『ルッキズム』などを含む約3,500語が新しく追加されました」

新語・流行語の中でも汎用性が高く、社会に浸透したのが「課金」です。もともとは、オンラインゲームやソーシャルゲームで有料のアイテムや特典を買うことを「課金」と呼んでいましたが、現在では言葉の意味が広がり、「教育課金」や「無課金おじさん」などさまざまな分野で使われるようになりました。
中川先生「子どもの教育にお金をかけることを、これまでは『教育投資』と呼んでいましたが、現在は『教育課金』とより軽いニュアンスで表現されるようになってきています。ここから見えるのは、社会全体がゲーム化し、攻略していく方向に進んでいるということ。
オンラインゲームでは、課金することでレベルアップしたり、有利な立場になったりすることが多いですよね。社会でも同じように、『お金をかけた方が有利になる』『課金しないと成功しにくい』といった感覚が広がっていて、受験のために子どもを特別な塾に通わせたり、婚活で高額なサービスを利用したりする人が増えています。社会のゲーム化は、経済的な格差が生まれる原因にもなっており、今後ますます重要なテーマとなるでしょう」
新語・流行語はどうやって生まれる?

では、新語・流行語はどのように生まれるのでしょうか。また、若者が新語・流行語の発信源となりやすいのはなぜなのでしょうか。その要因について、中川先生に解説していただきました。
1. 遊び感覚で楽しむ
新語・流行語には、ユーモアや遊び心を含んだものが少なくありません。例えば、特定の状況を面白く表現したり、意図的に誇張したりすることで、仲間内でのコミュニケーションを楽しむことができます。また、流行語が「ミーム」のように広がることで、社会全体で共有する遊びに変わっていくこともあります。
2. 共感や連帯感を生む
新語・流行語には、共感を得たり、仲間意識を高めたりする役割もあります。中には、特定のグループやコミュニティでしか使われないものもあり、このような言葉を使うことで、同じ趣味や価値観を持った人たちとの連帯感が生まれやすくなります。
3. SNSを通じた拡散
誰かが使った新語・流行語をインフルエンサーや有名人が拾うことで、その言葉が一気に注目され、「バズ」を生むといったことが毎年のように起きています。例えば、中学生によるYouTuberグループ・ちょんまげ小僧のメンバーが発した「ひき肉です!!」は、TikTokを通じて瞬く間に拡散され、2023年の新語・流行語大賞にもノミネートされました。

4. 社会や文化の変化を映す
言葉は、その時々の流行や社会のあり方を反映して進化していきます。例えば、「親ガチャ」や「ポイ活」など、さまざまな立場の人々の考え方を反映した言葉が生まれることによって、社会的な対話が生まれることもあります。
5. 意味のホワイト化
もともとの言葉が持つ意味をきれいに見せる(ホワイト化)ために、新しい言葉が作られることもあります。例えば、昔は「援助交際」と呼ばれていた行為が「パパ活」と呼ばれるようになるなど、深刻さを避けてカジュアルに表現することで、当事者の罪悪感を薄める効果があります。
若者の言葉の乱れは、実は1,000年以上前から指摘されていた!?
ところで、歴史的に見て、新語・流行語はいつ頃生まれたのでしょうか? 中川先生によると、実は清少納言が書いた『枕草子』にも「最近は、“もとむ”を“みとむ”と言う人が増えている」と、言葉づかいの乱れを嘆く一節があるそうです。
中川先生「吉田兼好も、『徒然草』の中で略語の流行について憂いています。つまり、『最近の若者の言葉づかいは…』という批判は、1,000年以上前から存在するということ。新しい言葉は時代に合わせて生み出されるものであり、その度に、上の世代がアレルギー反応を起こすといった流れがお決まりになっているんですね」
江戸時代以降は、貴族だけでなく、庶民の間に広まった俗語や新語・流行語も文献に記録されるようになりました。

中川先生「江戸時代の流行語で面白いのが『遊女言葉(廓詞)』です。遊女の美しさや存在感に憧れた庶民の女性たちの間に遊女由来の言葉が広がっていったようです。これは、現代に置き換えると、ギャル語に近いものと言えますね。いわゆる一軍の女の子やインフルエンサーたちが使っている言葉を真似することが、イケていることの証になったわけです」
言語学の観点から見ると、「新しい言葉が生まれるのはごく自然なことです」と、中川先生は説明します。
中川先生「『三省堂国語辞典』は7〜8年ごとに版を重ねていて、最新の第八版が出版されたのは2022年でした。2014年発行の第七版と第八版との間で、消えた言葉と新しく掲載された言葉を比べてみると、消えた言葉が約1,100語、新しく掲載された言葉が約3,500語あることがわかります」
新語・流行語は社会を写す鏡であり、特に若者世代にとっては、仲間とコミュニケーションを取ったり、連帯感を強めたりするツールとして欠かせません。その一方で、物事や感情を「エモい」や「ヤバい」だけで表現してしまうと、世界を見る解像度が上がっていかないと中川先生は指摘します。

中川先生「最近はSNSの発達や推し活ブームもあり、推しや作品についていかに言語化できるかが重視されるようになってきています。自分の見たことや感じたことを言葉にするには、語彙を増やすことが大切であり、語彙が増えれば増えるほど、世界を繊細に捉えられるようになります。
では、語彙を増やすために最も大切なことは何でしょうか? それは、人と対話をすることです。私たちは、アウトプットすることで、初めて自分の言いたいことや、感じたことを捉えられるようになります。言語化する力を高めたい人は、家族や友達とたくさんコミュニケーションを重ねてください。そうするうちに、言葉そのものの面白さにもきっと気づいていくでしょう」
まとめ
新語・流行語から世界の動きが見えてくる
新語・流行語は、単なる言葉のトレンドに止まらず、社会の変化や人々の意識を反映して広がっていきます。言葉をただ楽しんで使うだけでなく、その背景を深掘りしてみることで、世界がクリアに見えてくるかもしれませんよ。
















