ヒップホップの歴史から学ぶ！マイナスをプラスに変える文化のエネルギー

今、世界中から注目を集めているヒップホップ。今回はアメリカ文化を研究する大正大学人文学科の伊藤淑子先生が、ヒップホップというムーブメントが生まれた背景や歴史、また自分が知らない文化を学ぶことの面白さを教えてくれました。

ここをCHECK

ヒップホップは4つの要素からなる文化
暴力の代わりにラップやダンスでバトル
文化を学ぶことは、自分の可能性に気づくこと

ヒップホップの歴史の始まり。絶望の中で生きる若者たちが生んだ

ヒップホップは、MC（ラップ）、DJ、ブレイクダンス（ブレイキン）、グラフィティの4つを合わせたカルチャー。発祥は1970年代のアメリカ、ニューヨーク州のブロンクスという地域でした。

ベトナム戦争が落ち着いた頃、ブロンクス地区は都市整備が行われることになり、中産階級の人たちが退去。経済的なチャンスに恵まれなかった人々だけが残され、将来に希望をもつことができないまま、ギャング的な暴力が拡大してしまいます。そのような状況のなかで、貧困に苦しむ若者たちがお金を使わずに楽しめるものとして、ストリートから生まれたのがヒップホップなのです。

時代は空前のディスコブーム。お金がないブロンクスの若者は路上をパーティー会場にして音楽やダンスを楽しみ、それがヒップホップの音楽やダンスに繋がっていきます。

伊藤先生「ヒップホップを牽引した人物の一人が、アフリカ・バンバータ。彼はヒップホップでコミュニティの団結を高めようと呼びかけ、若者たちは暴力の代わりにダンスやラップでバトルを、グラフィティアートで縄張りを主張するようになります。

不平等や人種差別への反骨のメッセージを表現に込めて、社会への怒りをクリエイティビティに変えたのですね。プエルトリコ人やキューバ系などさまざまな人種が混ざっていたことも、ヒップホップの表現を豊かにしました」

ヒップホップが人気になった理由は “トゲ”がなくなったから？

ブロンクスの路上で生まれたヒップホップは、今や世界中で愛されるビッグカルチャーに発展。その過程にはいろんな要因があるだろうと伊藤先生は話します。

伊藤先生「世の中に抑圧を抱えていない人はいないと思うのです。皆さんも、『本当は一人が気楽だけど、クラスで浮かないようにしなきゃ』『何のため？って思う校則だけど守っている』などと我慢していることがきっとあるはず。

ヒップホップがアメリカだけの文化に留まらなかったのは、歌詞や表現に込められた社会的なメッセージに共感する人々がいたからでしょう。また20世紀から21世紀に移り変わっていく“時代のうねり”の中で、新しいものを求めるエネルギーも充満していたはず。英語を話さない人々が住む地域でも、ヒップホップ特有のリズムやブレイクダンスの身体表現は、『斬新でカッコいい！』と直感的に受け入れられたのでしょうね」

大衆が楽しむのは良いことである一方で、「抵抗の文化」というヒップホップの核の部分は弱まってしまいます。ひとつの文化が世界に広がっていくその様子を「ウイルスと似ている」と伊藤先生は例え話をしてくれました。

伊藤先生「新型コロナウイルス感染症が流行した初期は、致死率が高くて各国がロックダウンしましたよね。するとウイルスは、『感染者を増やす（増殖する）』という目的を達成できなくなります。そこで症状を弱めるように変異すると、人々の警戒が弱まったことで感染を広めることができた、とも言われます。

おそらくヒップホップも同じで、もともと持っていた“トゲ”や攻撃性が低くなったからこそ、世界中の人が楽しめるものになったのではないでしょうか。とはいえ現在のヒップホップの中にも、ブロンクスで生まれた当時のエッセンスはちゃんと残っている気がします。今後も時代とともに進化すると予想できるヒップホップが『権力に対抗する』というスタンスを持ち続けられるかどうか。この視点で眺めていくと、面白い文化研究になるでしょうね」

ヒップホップの歴史に学ぶ！自分もなにかを変えられる

インターネットやSNSで、地球の裏側の文化まで手軽に知ることができる現在。写真、動画、音楽、アート……入り口はなんでもいいから、とにかく「知りたい！」というインスピレーションを大切にしてほしいと伊藤先生は話します。

伊藤先生「ヒップホップの歴史についてお話しましたが、文化を知るのに難しい話は後回しでいいと思うのです。音楽にハマったら自然と歌詞を見るでしょうし、その道の有名どころのSNSアカウントも調べるでしょう。そうやって好きなものを追求していくうちに、『大好きなヒップホップが実は複雑な歴史を背負いながら自分のところにも届いたんだ』と、感動をもって新しい視点を得ることになります」

世界各国、さまざまな時代に育まれた無数の文化たち。自分が心惹かれた文化をとことん学んでいくと、ある大きな気づきがあると伊藤先生は最後に教えてくれました。