雑学・教養

「微妙」はもともと良い意味だった?! 身近にあふれる仏教から生まれた言葉たち

お坊さんの話やお経には、聞き慣れない難しい言葉しか出てこないと思っていませんか? いえいえ、実は私たちが普段から使っている何気ない言葉にも、仏教から生まれたものがたくさんあるんです。この記事では、仏教から生まれて現代にも残る言葉について、大正大学仏教学科の教授で、住職でもある林田康順先生に教えてもらいましょう。

ここをCHECK
  • 「微妙」の本当の意味は「めちゃくちゃ良い」!
  • 今に残る仏教の言葉は、当時の流行語だった?!
  • 仏様の教えはなんと八万四千種類もある⁈

「微妙」の意味は昔と真逆?! 仏教から生まれた言葉たち

「南無阿弥陀仏」や「諸行無常」といった言葉を聞いたことがある人は少なくないはず。こうした仏教の言葉は、仏教を開いたお釈迦様の教えを伝えるための言葉たちです。そのいくつかは意味や形を少しずつ変えながら、現代の私たちの日常に溶け込んでいます。まずは林田先生に、仏教生まれの身近な言葉を5つ教えてもらいましょう!

仏教から生まれた言葉①「微妙」

今では「分かりにくい」「今ひとつだ」という意味で使われますが、もともとは「みみょう」と発音し、「言葉で言い表せないような不思議で奥深い良さ」を指す美しい褒め言葉でした。

仏教から生まれた言葉②「あみだくじ」

「あみだ」は阿弥陀様という仏様のこと。仏像の背中についている光を表す飾りを光背(こうはい)といい、昔はこの放射状の光背を使ってくじ引きをしていました。

仏教から生まれた言葉③「出世」

仕事のポジションが上がることを意味する「出世」は、仏教を開いたお釈迦様が世にお出ましいただいたことを指す言葉。そこから、お釈迦様に習う私たちが俗世を捨ててお坊さんの修行の道に入ることも「出世する」と言うようになりました。

仏教から生まれた言葉④「諦める」

もともとは「明らかにする」という意味。不安なことや分からないことを明確にすれば、苦しみや辛さがなくなり幸せの道が開くよ、というお釈迦様の教えから。

仏教から生まれた言葉⑤「我慢」

仏教の世界で言う「我慢」は、我に慢ずる、つまり「自分は偉いぞ!」という高慢な考えのこと。仏教では、我慢はダメ。多くの人の支えによって日々を送らせていただいているという「お陰様の心」を大切にします。

仏教の言葉が今に伝わっている理由は「使いやすかった」から?

なぜ仏教から生まれた言葉が現代まで残り、もともとの意味から変わってしまった言葉もあるのか、とても不思議ですね。林田先生はその理由をこんな風に考えます。

林田先生「お坊さんの話が人々には完璧には理解されなくて、一部の間で言葉の意味を勘違いしたまま馴染んでしまったのではないでしょうか。例えば『微妙』が本来指すところは、ただでさえ言葉にできない難しいニュアンス。お坊さんが『お経というのは微妙なもので』と話しても、聞いている人は『お経は良いものなの?悪いものなの?』と分からないまま話が終わってしまった。そのうち『微妙』という言葉は『よく分からない中途半端なもの』といったネガティブな意味合いで広まったのかもしれませんね。

一方で、元の意味から変わっても、仏教から生まれた言葉が現代の日常に残っているのは、当時たくさんのお坊さんが言葉を尽くして人々に仏教の教えを伝えていたからだと思います。その中で、今でいう『○○やろがい』や『△△界隈』などの流行語のように、使いやすくて覚えやすい言葉だけが人々のクチコミによって伝わり、現在まで残っているのでしょうね」

仏教から生まれた言葉は、お釈迦様からの処方箋のようなもの

「言葉」は、自分の気持ちや考えを相手に伝えるための大切なツール。今のように写真や動画がなかった時代には、仏教を広めるためにもっとも重要なものでした。その上で、仏教から生まれた言葉は他の宗教と比較しても驚くほど数が多いのだと林田先生。

林田先生「ここに『大蔵経』という、数ある仏教の経典をまとめた叢書(そうしょ)があるのですが、どのページも文字がぎっしりと詰まっていて、これがなんと約1000ページ。全部で100巻もあるんですよ。これらは『八万四千の法門』と言って、お釈迦様が45年間で説いた教えの全体なのです。例えば皆さんが本屋で『キリスト教の経典をください』と言えば、聖書が1冊出てきます。イスラム教のコーランでも、文庫本3冊分くらいのボリュームです。つまり、仏教は他の宗教の100倍以上、いや1000倍近い量の言葉があるということなんですね」

なぜそんなにもたくさんの言葉が必要だったのか。そこにはお釈迦様のお慈悲がありました。

林田先生「病に応じて薬を与える『応病与薬(おうびょうよやく)』という言葉があります。若い人向けの教え、お年寄り向けの教え、男性向け、女性向け……と、全ての人に必要な教えを説くというのがお釈迦様のスタンス。一人ひとりに合った教えをまとめたら、自然と言葉が増えていったのでしょう」

お坊さんがお経を唱えるように、言葉を口から出すことも仏教においては大切なこと。口にした言葉が自分をつくっていく、と考えられているからです。

林田先生「仏教の世界では言葉を発することで、そこに込められた思いが心の中で自然と育てられていくと考えられています。いわゆる『言霊』というものを大事にしているんですね。

身近なところでは、私たちが食事をするときに使う言葉もそうです。『頂きます』には命を頂いて生きているということ、『ご馳走様』には食材や料理を用意するために馳せ走ってくださった方々への感謝の気持ちが込められていて、言葉を発するたびに心の中に染み込んでいくんです」

林田先生は、言葉は人が使うことによって育っていくものだと話します。

林田先生「言葉は生き物です。多くの人々が使うことで、ひとつしかなかった言葉の意味は広がり、未来へと伝わっていきます。日本人のアイデンティティーのひとつとして、ぜひ日本のことや仏教のことに楽しく触れてほしいと思います。そして、美しい言葉を自然と口にできるような人になれるとすてきですね」

まとめ

言葉は生き物。たくさんコミュニケーションをしよう!

何世紀もの時を超えて現代に伝わった、仏教から生まれた言葉たち。それぞれの言葉の根っこには、お釈迦様の教えがありました。自分がよく使う言葉の意味やそこに込められた思いを知ると、普段の何気ない会話もちょっと新鮮に感じられるかもしれません。

取材・文:井上麻子
撮影:杉崎恭一
編集:エクスライト