雑学・教養

スイーツをのぞくと社会が見えてくる?「スイーツの社会学」

クリームやフルーツで飾られた宝石のようなケーキ、こんがり焼けた甘い香りの焼き菓子。おやつの時間はもちろん、クリスマスなどの特別な日にも欠かせないお菓子は、思い浮かべるだけでも幸せな気持ちになりますよね。

そんな甘くておいしいお菓子をちょっと違う角度から見てみると、実はさまざまな文化や社会課題が見えてくるんです。

今回はお菓子にまつわる社会学について、大正大学人間科学科の教授、澤口恵一先生に教えてもらいました。さっそくお菓子の向こうの世界をのぞいてみましょう!

ここをCHECK
  • 普段食べているお菓子は、実は個性豊かな郷土菓子だった
  • 日本で世界の食べ物を楽しめるのは、かつての職人たちのおかげ
  • 甘いお菓子の世界には、実はジェンダー問題も関わっている?

実はティラミスやクリスマスケーキも? 個性豊かな郷土菓子の世界

日本でも親しまれている洋菓子の魅力は、郷土色の豊かさにあると澤口先生は言います。皆さんが一度は食べたことのある人気のお菓子も、実は郷土菓子の一つかもしれません。まず始めに、澤口先生が専門的に研究しているイタリアを中心とした欧州のお菓子について見てみましょう。

①パンナコッタ

パンナコッタはイタリア北部ピエモンテ州に伝わる家庭のお菓子。パンナは生クリーム、コッタは煮るという意味で、酪農が盛んなピエモンテ州ならではのデザートです。

②ティラミス

ティラミスはイタリア北東部発祥のデザート。ビスケット生地にマルサラ酒入りのカスタードクリーム「ザバイオーネ」とマスカルポーネチーズを混ぜたクリームを重ねて冷やし、仕上げにココアパウダーをまぶして食べます。

澤口先生「私はイタリア料理に関する研究で何年もかけてイタリア各地を回り、そこで出会ったのが郷土菓子。どの土地にも、古くから受け継がれ、今も愛されている地域特有のお菓子がありました。土地によって材料やトッピングが違っていて、バリエーション豊富です。また、その土地の交易の歴史を味わえるのも郷土菓子の魅力。例えば、シチリア州のお菓子が多彩で豊かなのは、かつて、シチリアを支配したイスラム教徒が持ちこんだ砂糖文化の影響と言われています」

一方でクリスマスケーキも、イタリアでは郷土色の強いスイーツの一つ。

代表的なのは北イタリアの「パネットーネ」です。皆さんが想像するクリームとフルーツたっぷりの華やかなケーキとは違って、茶色い菓子パンのような素朴な見た目で、中にはドライフルーツなどが入っています。

澤口先生「日本のクリスマスケーキのように華やかに飾り立てられていないのは、キリスト教の厳かな儀式と結びつくお菓子だから。ヨーロッパの伝統的な郷土菓子は、宗教に由来する菓子が多いのも特徴です」

普段何気なく食べているお菓子も歴史や風土、文化の中で育まれ、今に受け継がれる伝統的な食べ物であることがわかりましたね。

海を渡り、本場の料理や菓子を学んだ日本の職人たち

こうしたヨーロッパの本格的な郷土菓子や料理は、日本でも味わうことができます。それは一体なぜなのでしょうか? 答えは、多くの日本人の職人が本場で学んできたからです。では次に、職人たちの交流の歴史を振り返ってみましょう。

明治時代から日本人シェフは海外に渡航して本格的な料理を学んでいました。 第二次世界大戦で交流は一時途絶えましたが、戦後、海外渡航が自由になると、再び多くの若者がコックやパティシエを夢見てヨーロッパへ渡航。技術と文化を日本へ持ち帰ったのです。

澤口先生「皆さんは、『ダックワーズ』というお菓子を知っていますか? 福岡にある『フランス菓子16区』のオーナーシェフ・三嶋隆夫さんが考案した、フランスの伝統菓子を基にした新しいフランス菓子で、今は日仏両国で親しまれています。各国の職人同士が交流し、伝統に新しいエッセンスが加わっていくのが食の面白さですね」

フランスだけでなく、日本人はイタリアにも学びに行きました。

特に1980年代以降、イタリア料理を学ぶために多くの日本人がイタリアに渡るようになります。彼らはイタリア各地のレストランで修業しながら、料理だけでなくイタリアの郷土菓子も習得しました。

本場で学んだ日本人は帰国後、自分の店を開業。その店で働く弟子たちもまた、本場で修業を積み、帰国して店を開くという良い循環が生まれ、日本にフランスやイタリアの本格的な料理やお菓子を提供するお店が増えていきました。

澤口先生「彼らが海を渡ったのはお金を稼ぐためではありません。『本場の食文化に触れたい』『高い技術を身に付けたい』という情熱から、安い賃金でも懸命に働きながら菓子や料理を学んだのです。だからこそ修業先から信頼を得られ、あとに続く日本人の受け入れにつながり、海を超えた交流が続いたのです」 私たちが今、日本にいながらフランスやイタリアのおいしい食べ物を楽しめるのは、多くの日本人の職人が現地で研鑽を積んだ結果であり、そうした歴史の積み重ねのおかげなのです。

なぜパティシエ=女性の仕事ってイメージがあるの?

日本でパティシエといえば、多くの女の子が憧れる職業。「大人になったらなりたいもの」アンケート調査(※)でも、小学生女子の1位になるほど人気です。しかし実際には、菓子店を経営するオーナーパティシエは男性が圧倒的に多く、ヨーロッパでもパティシエになるのはほとんどが男性なのです。その理由を澤口先生に聞いてみました。

澤口先生「家庭では女性がお菓子作りをすることが多いため、パティシエは女性の仕事というイメージがあるのかもしれません。でも、フランスではレストランのパティシエや菓子店のオーナーは圧倒的に男性が多いんです。

パティシエの仕事を想像してみてください。菓子店では開店前に菓子を並べるために、朝早くから仕込みをします。朝から夜まで続く、タフな集中力が要る仕事です。レストランでは、お客さんはコース料理の最後にデザートを食べますよね。つまり、誰よりも遅くまで厨房に残って働くのがパティシエです。

さらに、パティシエの仕事は小麦粉や砂糖などの重い材料を運んだり、オーブンを使う暑い厨房で作業したりと、体力も求められます。そして何より、工業化が進む前からある伝統的な産業ですから、もともと男性が就く仕事なのです。

もちろん、男性も女性も平等に同じ仕事につける社会であるべきですし、パティシエとして男性以上に有能な女性はたくさんいます。それでも、フランスと同様に日本でも菓子店を経営する職人さんは圧倒的に男性が多いのです。なぜ日本の女性がパティシエに憧れるのかは、非常に興味深いテーマかもしれませんね」

日本では、大手菓子メーカーがおいしい菓子を大量に生産しています。一方で、個人が営む菓子店ではほとんどが手作りです。既製品の材料を使えば作業時間を短縮できますが、それでは職人として学んだ技術や文化をお菓子で表現することはできません。一つひとつのお菓子には、菓子職人の受け継いできた郷土菓子の伝統や、それに対する思い入れが反映されているとも言えるでしょう。 (※)2024年発表 第一生命保険株式会社 第35回「大人になったらなりたいもの」アンケート調査

まとめ

何事にも想像力や好奇心を持って触れてみよう

ここまでさまざまな角度からお菓子の世界をのぞいてきました。ヨーロッパ菓子の伝統、日本人職人の努力やこだわり、そしてジェンダーの問題など、普段何気なくお菓子を食べているだけでは気付けないことがたくさんありましたね。皆さんも普段食べているお菓子に少しだけ想像力や好奇心を働かせてみてください。すると単なる消費の対象としてではない、お菓子のもう一つの魅力が見えてくるはずです。

取材・文:勝部美和子
撮影:山野一真
編集:エクスライト