雑学・教養

気づかぬうちに「彼氏」のアクセントは変わっている!? 移ろう“日本語”の面白さ 

突然ですが、「彼氏」を声に出して読んでみてください。あなたはなんと発音しましたか?

最初の「か」を高く発音した人も、アクセントを平らにして発音した人もいるのではないでしょうか。2つのアクセントはどちらも間違っておらず、日常会話の中で生まれたもの。このようにアクセントは、時代や地域によって変化しているんです。

そこで今回は、話し言葉(音声)を科学的に研究する「音声学」のスペシャリスト、大正大学 文学部 日本文学科の高田三枝子先生に、日本語のアクセントに、なぜ、どんな理由でこのような違いや変化が見られるのか、その理由の一端を教えてもらいました。

ここをCHECK
  • アクセントの平板化が広まるのはずばり“カッコいいから”
  • 同じ「彼氏」でもアクセントによって変わるニュアンス
  • 将来、日本語のアクセントは“みんな同じになる”かもしれない

アクセントがどんどん平らに!? 言葉の変化が起きるワケ

言葉のアクセントにはさまざまな種類があります。

分かりやすいのは方言。例えば標準語と関西弁を比べると、「雨」のことを標準語では「め」、関西弁では「あ」と言うなど、音の高低が逆転する現象が多く見られます(※太文字の部分が高くなる場所)。 

分かりやすいアクセントの中でも面白いのが、「平板化(へいばんか)」という現象。これは「ーダー→オーダー」「としょかん→としょかん(図書館)」のように、元々語の中にあった高から低への声の下り目がなくなり、後ろの助詞まで高く保ったまま平らに続く発音を言います。

高田先生「ここで挙げた平板化はいずれも近年起きたもので、それは語種で言うと特に外来語で目立つ印象があります。例えばア行だけでも『アドレス』『アルバム』『イスラム』『エフエム』など、たくさん見つけることができます。しかし、もちろん『でんしゃ(電車)』『たいいくさい(体育祭)』などの漢語でも、それより数は少ないですが『かなり』『ま』のような和語でも平板化が見られます。なお平板化については、言語学者の井上史雄先生が『日本語ウォッチング』という本に詳しく書かれていますので、興味がある人はぜひ見てみてください」

一体なぜ、アクセントが平らになっていくのでしょうか。そこには思ったよりもシンプルな理由が隠されていました。

高田先生「一つは、発音や記憶の負担を軽減したいからです。つまり“省エネ”ですね。声の高さは喉にある『声帯』という筋肉の帯を振動させる速さで調整しますが、一定のトーンで発音すれば、その調整に掛かるパワーを使わずに済みます。それに記憶の面でも、単語ごとにアクセントを覚えるという大変な作業がなくなります。他の地域から来た人にとっても、平板型でそろっていたら覚えるのが簡単ですよね」

そしてもう一つがなんと、“カッコよさ”。発音を平板化するのは、たいてい自分が親しみのあるものについて。具体的には地元の地名、趣味や愛用品などのアクセントの平板化が挙げられます。

高田先生「どうも日本語には、親しみがあったり精通していたりするものほど、アクセントを平板化させるという傾向があるようなんです。地名を例に挙げて考えてみましょう。『名古屋』や『前橋』は、他の地域の人は『ごや』『まばし』などと発音しますが、地元の人ほど『なごや』『まえばし』と平板化して発音する、なんていうことが見られます。例えば『イク』や『イク』のようなものは、まずそれらによく親しみ、精通している人々の間で『マイク』や『バイク』と平板化していく。そうすると、今度はそこに“カッコよさ”が生まれます。平板化アクセントを使うだけで玄人感や自分のもの感が醸し出されるとなれば、そこに魅力を感じる人はマネをし始める、そして広まる、という流れが生まれるんですね」

平板化した言葉は仲間同士のマーカー(目印)にもなり、同じアクセントを使っている者同士の結束が固まるという効果もあります。発音を変えることは、人が「こうなりたい」と憧れる心理にもつながっているのです。

「彼氏」はアクセントの違いで、捉え方も変わってくる!

同じ言葉でも、アクセントで意味を使い分ける例があります。例えば「パンツ」。「ンツ」は「下着」を意味しますが、「パンツ」と平板化するとそれは「ズボン」を意味することになります。

高田先生「ファッション業界は常に目新しさを求める世界。なので使う単語もどんどん変化していきます。『パンツ』はアメリカ英語でズボンのことを指し、その意味を取り入れたのだと思われますが、日本語に先に定着していた下着の意味の『パンツ』との区別がつかなくなるため、ズボンの『パンツ』は平板化されたアクセント、下着は『ンツ』として区別したのでしょうね。平板化したほうがカッコいいイメージにもなりますし」

このように言葉の意味自体が発音で異なることもあれば、話者の心理的な捉え方の違いによって自然とアクセントの位置が変わってくる言葉もあります。「彼氏」もその一つです。

もともとは「れし」という風に、最初の一文字にアクセントがくる言い方が主流でしたが、やがて若い世代を中心に「かれし」と平板化した言い方をする人が増えました。皆さんは自分のボーイフレンドのことを話題にするとき、「彼氏」をどちらで発音するでしょうか?

高田先生「この『彼氏』という単語については、井上史雄先生が、当時の大学生の観察から、平板化するかどうかで対象との心の距離が違うようだと言っています。『れし』と発音するときに意味するのは、本当の彼氏。逆に『かれし』というときは、ちょっと軽い付き合いの人というニュアンスで使うのだとか。皆さんの実感とは合うでしょうか? ……いずれにしても、平板化には、元の形を変えてしまう、という側面があります。いわば“崩れた”という捉え方もでき、言葉の印象をカジュアル化する効果もあるかもしれません」

元の形から崩れるほど、ニュアンスがカジュアルになる。これは単語だけでなく、話し言葉の変化を見ても同じことが言えます。例えば「それではありません」という一文なら、「それではありません」→「それじゃないよ」→「それじゃねえよ」と、相手との関係性が近ければ近いほど、フランクな言い回しになります。

高田先生「発音や言い回しの変化を広めていくのは、いつの時代も若い世代。それは若者のほうが柔軟に新しい表現を取り入れていくということもありますし、発音を変えることで意味をカジュアルにしたり、マイルドにしたりして、言葉の重さを取り除きたいという心理も働いていると思います」

普段なにげなく話している言葉に、感情が見え隠れする。これを発掘できるのが日本語学、そして音声学の面白さの一つなのです。

SNS全盛期。アクセントは“みんな同じになる” 方向へ向かうかもしれない

現在はSNS時代。新しい言葉が生まれては、全国各地にどんどん拡散されていく時代なので、アクセントも多様化するのでは? と思いきや、高田先生は逆に統一されていくのではないかと予想しています。

高田先生「人は自分が覚えやすい、周囲に受け入れられやすい、カッコいいと思うアクセントを自分の中に取り入れます。SNSがなかった時代は、地域ごとに異なるアクセントが日本各地で使われていて、ある意味、周囲に合わせて自分もそれを使うしかなかったわけです。しかし現代のように耳に入る言葉が多様になり、ある個人が触れる言葉の地域間での差が、今後さらに無くなるとすると……何世代も後には、最終的に日本語全体のアクセントが均一化されていく可能性もあると思います」

新しいアクセントや言葉が定着するまでの変化は、人々がまったく無意識のところで進んでいきます。より言いやすく、より感情に合うように、長い年月をかけて形を変えていくのです。

高田先生「私が今すごく気になっているのが、合成音声の話し方。私の子供がYouTubeをよく観るんですが、聞いていると、主にゲーム実況動画で、抑揚のない話し方をする合成音声がはやっていますよね。あれも一つの話し方のスタイルとしてマネする人たちが増えれば、もしかすると、アクセントが平板化の方向に向かう一つの推進力になるかもしれないなと思って、興味深く見ています」

まとめ

音声学は、日々変わりゆく身近な“言葉”をひも解いていく学問。無意識のうちに変化しているからこそ、ふと耳に留まった小さな違和感に気づくことから学びが始まります。今日から少しだけ、自分や周りの人の言葉に注目しながら生活してみてはいかがでしょうか。

(クレジット)

取材・文:井上麻子

撮影:杉﨑恭一

編集:エクスライト