学部・大学院FACULTY TAISHO
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哲学・宗教文化コース
オープンキャンパス(9/26)
今日のオープンキャンパスも、哲学・宗教文化コースのセミナーや模擬講義に多数ご来場いただきました。どうもありがとうございました!
高校生、受験生の皆さんに、学生スタッフが、コースについて説明しているところです。教務主任の私が教壇から「質問はありますか」と呼びかけると、遠慮する人が多いのですが、このように学生スタッフが回っていきますと、知りたいことをききやすいようですね。
オレンジのTシャツを着ているのが学生スタッフ(コースの1年生)です
自分はなぜ哲学・宗教文化コースに入ったのか、入ってどうだったかをプレゼンしているところです
模擬講義は、午前は「中国哲学のこころ」を知る、午後は中国哲学者・孔子(前551~前479)の伝記から、孔子の人と思想を知るという内容でした。
担当者は東洋哲学を専門とする春本先生でした。
担当者は東洋哲学を専門とする春本先生でした。
「中国哲学のこころ」の回は、
「祖父母の両親は曽祖父ですが、さらにその両親は何というか知っていますか(答:高祖父母)」
「逆に、孫の子どもは曾孫[ひまご]ですが、さらにその子どもは何というか知っていますか(答:玄孫[やしゃご])」
という問いかけから始まりました。
それは、自分の命が前の世代、後の世代と連続していることに、儒教の「孝」の思想の原点があるというお話でした。
「祖父母の両親は曽祖父ですが、さらにその両親は何というか知っていますか(答:高祖父母)」
「逆に、孫の子どもは曾孫[ひまご]ですが、さらにその子どもは何というか知っていますか(答:玄孫[やしゃご])」
という問いかけから始まりました。
それは、自分の命が前の世代、後の世代と連続していることに、儒教の「孝」の思想の原点があるというお話でした。
さらに、ヒット曲「千の風になって」の歌詞がもとづく思想は、仏教なのか、儒教なのか、道教なのかという「謎解き」が続きました。
「孔子傳(伝)」の回で、春本先生が教材に使われたのは、アニメの『孔子傳』でした。
アニメと孔子というのはミスマッチな感じがしますが、どうだったのでしょうか?
アニメと孔子というのはミスマッチな感じがしますが、どうだったのでしょうか?
受験生と一緒に観ていた一年生スタッフに聞いてみました。
Sさん:ミスマッチ? いえ、『三国志』などのアニメもありますし、
古代中国が舞台でも全然違和感なかったですよ。
声優の声がよかったです…。
古代中国が舞台でも全然違和感なかったですよ。
声優の声がよかったです…。
Kさん:孔子も普通の人間だった、ということがよくわかりました。
3歳で父親、15歳で母親を失い、大変苦労したこと。
生まれつきエリートだったのではないんですね。
3歳で父親、15歳で母親を失い、大変苦労したこと。
生まれつきエリートだったのではないんですね。
あ、春本先生、質問が浮かびました!
儒教は親を大切にする思想とのことですが、それは孔子の生い立ちと関係があるんでしょうか。
儒教は親を大切にする思想とのことですが、それは孔子の生い立ちと関係があるんでしょうか。
春本先生:確かに、親がいなかったから、親に対して思慕が募ったということはあるでしょう。
親の嫌な面を見る機会がなかったわけですね。
でも、孔子は、自分の個人的経験を思想にして語ったのではなく、普遍的な考えを持っていたのです。
親の嫌な面を見る機会がなかったわけですね。
でも、孔子は、自分の個人的経験を思想にして語ったのではなく、普遍的な考えを持っていたのです。
つまり、「天」はどう考えているのか、と問うたのです。
その結果、彼は「常識」を肯定しました。
「親不孝が良い」という人はいないと思いますが、そういったことが常識です。
親孝行というのはあたりまえのことですが、しかし、現実にはそれができないということもよくあります。
孔子は、あたりまえのことを、あたりまえのようにできることの大切さを、社会の理想として、説いたのです。
「親不孝が良い」という人はいないと思いますが、そういったことが常識です。
親孝行というのはあたりまえのことですが、しかし、現実にはそれができないということもよくあります。
孔子は、あたりまえのことを、あたりまえのようにできることの大切さを、社会の理想として、説いたのです。
Sさん:先生、でも、そういう考え方には、批判もでそうですね。
春本先生:そうなのです。
孔子や彼が始めた儒家の思想に対して、老荘の道家や、墨子の墨家が批判しました。
常識で固めることを嫌がる人もいますよね。
理想を追求しすぎるのは堅苦しいと感じる人もいます。
それが、「自然に行こう」という道家でした。
常識で固めることを嫌がる人もいますよね。
理想を追求しすぎるのは堅苦しいと感じる人もいます。
それが、「自然に行こう」という道家でした。
墨子は、平等の思想によって、儒家を批判しました。
儒家は、「王などの国家の権力者が人々から税金をとるのは、治めてあげているのだから、当然のことだ」という考えでした。
でも、当時は収入の3分の2も税金としてとることがあり、それはおかしいと訴えたのが墨子でした。
王も民衆も、「天」から見れば平等だ、と説いたのです。
儒家は、「王などの国家の権力者が人々から税金をとるのは、治めてあげているのだから、当然のことだ」という考えでした。
でも、当時は収入の3分の2も税金としてとることがあり、それはおかしいと訴えたのが墨子でした。
王も民衆も、「天」から見れば平等だ、と説いたのです。
体全体を使って講義される春本先生
以前に、「今こそ哲学!」というタイトルのブログ記事で、今話題のマイケル・サンデル教授・『これからの正義の話をしよう』に触れましたが、こうしてみると、中国の孔子とそのまわりの哲学者たちも、その当時の「正義の話」をしていたんですね。
そして、当時の中国の人々の思想はとても多様で、議論をしあい、互いに高めあっていたということも見えてきました。
そして、当時の中国の人々の思想はとても多様で、議論をしあい、互いに高めあっていたということも見えてきました。