学部・大学院FACULTY TAISHO
比較文化専攻
哲学者ウィトゲンシュタインが100年前にノルウェーのソグネフィヨルドの最奥部の山中に建てた「小屋」の跡を訪れて・・・ (2: ショルデンという町)
はじめに
今回は、ノルウェーのショルデン(Skjolden)の紹介をします。ショルデンはウィトゲンシュタインに興味のある人たちにはポピュラーな地名ですが、日本人にはほとんど知られていません。おそらく、日本の旅行会社の人たちも知らないと思います。
ショルデンはノルウェー最大のフィヨルドである「ソグネフィヨルド」が終わる地点にあります。
聞き書きのショルデン
現在、ショルデンは、夏の観光シーズンを除いて、ベルゲンと船で直接つながっているわけではありません。私たちも、ベルゲンからソンダルまで高速艇でいき、そこで1泊してから、バスでショルデンへ向かいました。しかし、昔は、交易の関係で、ベルゲンから水路だけでショルデンに行けたそうです。
その「昔」というのは、冷蔵庫ができる前の頃のことですが、ショルデンはイギリスなどに「氷」を輸出していました。ショルデンの氷は塩分がほとんどなく、人気があったそうです。それは、周りの滝から落ちる大量の水によるものです。ソグネフィヨルドの最奥とはいえ、海とつながっているわけですから、滝からの大量の水がなければ、ショルデンのフィヨルドの水に塩分があっても不思議はありません。
もちろん、「氷」以外のもの(おそらく毛皮など)も輸出されたことと思います。そして、「塩」を始めとするものがショルデンにもたらされました。
上の写真は山の中腹にある展望地点からの眺めです。先回のブログでも書きましたが、写真の右奥が、ソグネフィヨルドが終わる地点です。そして、左側の湖が、ウィトゲンシュタインの小屋があった湖です。”Eidsvatnet”と呼ばれています。
「ウィトゲンシュタインがどうしてショルデンに居を構えることになったのか」については、いろいろな説があるようです。今回聞いた話では、船による交易と深い関係があります。一言でいうと、イギリスの商人/船主がショルデンの商人/船主に、「ウィトゲンシュタインをどこか、彼が気にいりそうな所につれて行ってやってほしい」というので、ショルデンの商人/船主は自分のところに連れてきたというのです。真偽のほどは不明ですが、こういう話もあるということで紹介しておきます。
リゾート地としてのショルデン
10年以上前から、ショルデンはリゾート地帯として、夏に賑わいを見せています。インターネットでショルデンの写真を見ると、美しいホテルが出てきますし、観光客がフィヨルドを見ながら船でショルデンを訪れています。
私たちが訪れたときも、「ショルデンの夏は素晴らしい! 次に来るのなら、ぜひ夏に!」と勧められました。
パンフレットを見ると、盛りだくさんのレジャー内容です。サマー・スキー、カヌー、サイクリング、釣り、山歩き、ラマ・サファリ…。
ウィトゲンシュタインの小屋が山中に再建されれば、それもパンフレットに載るかもしれませんね。
しかし、小屋跡で感激を味わった私としては、山道が歩きやすいように整備され、人がどんどん行くようになるのも、いかがなものかと思います。皆さんも、この気持ちはわかるでしょう。
ウィトゲンシュタインの小屋の跡というのは、黒崎先生の言葉にもあったように、「人を寄せ付けない」ところが魅力なのですから。そうなったら、彼自身はどのように感じるでしょうね…。
私のように思う者もいることも考慮しながら、小屋の再建計画が進められることを祈っています。
ショルデンで出会った人たち
私たちを助けてくれたのが、レネさん(上の写真)とシルヴィア(下の写真)さんです。
レネさんは、「アクティビティ・センター」で働いていますが、かつては日本の大阪外国語大学で日本語を勉強したそうです。「もう忘れた」と日本語でいっていましたが、たぶん、まだまだ覚えていることでしょう。
シルヴィアさんは、お店で働いています。びっくりしたのは、彼女のお店には、肉、野菜、チョコレート、薬、お酒、日用雑貨など、何でも置いてあることです。小さなコミュニティですから、いろんなお店がいっぱいあるわけではありません。このお店1件で「全部用が足せる」という感じです。
シルヴィアさんは、大学で地理学とか地質学を勉強したそうです。一緒に歩いているときに、いろいろな説明をしてくれました。
写真のバックにあるのは、移築されたウィトゲンシュタインの小屋の基礎の部分です。この基礎は、ここで新たに作られています。いうまでもなく、もとの石の基礎部分は山中にあります。
ウィトゲンシュタインが滞在したホテル
ウィトゲンシュタインの小屋ないし小屋の跡については次回で詳しく書きますが、どうやら、下の写真は彼が宿泊していたかつての「ショルデンホテル」らしいです。上にある展望地点からの写真でいうと、中央やや左上の建物です。今は「カフェ」になっています。
このドアの「ノブ」、なんの変哲もないようですが、ひょっとすると、ウィトゲンシュタイン自身も使用していたかもしれません…。私は疲れてしまって、バスに乗る時刻に間に合わないかもしれないので、ここだけは行けませんでした。残念です。
今回は、ショルデンについて簡単に書きました。次回は、いよいよウィトゲンシュタインの「小屋」跡へのアプローチです。
実は、先日「ウィトゲンシュタインのノルウェー」(松野智章、撮影・編集)というタイトルで、「YouTube」に動画をアップしました!
4月15日の「大学院比較文化専攻」のブログから入るか、YouTubeで「ウィトゲンシュタインのノルウェー(15分版)」で検索すれば、すぐに見つかります。
次回は、この動画の解説という形のブログになるかもしれません。それまでに、見ておいてくださると、動画と文章とが相補的に理解を助けてくれると思います。
アップは6月1日です。よろしくお願いします!
星川啓慈(比較文化専攻長)
【付記】
最初の地図を除いて、写真はすべて渡辺隆明氏と松野智章氏によるものである。