学部・大学院FACULTY TAISHO
比較文化専攻
哲学者ウィトゲンシュタインが100年前にノルウェーのソグネフィヨルドの最奥部の山中に建てた「小屋」の跡を訪れて・・・(5:ベルゲン大学の「ウィトゲンシュタイン・アーカイブズ」
はじめに
ショルデンを訪れたあと、「ウィトゲンシュタイン・アーカイブズ」がある、ベルゲン大学を訪問しました。
このアーカーブズは、ウィトゲンシュタイン研究の進展に大きな推進力となりました。具体的にどういうことを行なったのかについては、 いずれ、Dr. Ch. Erbacher 氏(下の写真を参照)が登場する動画を編集して、YouTube にアップする予定です。その時まで、お待ちください。ただし、冬以降になります。
とはいえ、『ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記』の編者である、I・ゾマヴィラ氏の「編集ノート」から引用しておきましょう。
この日記帳の〔手書き〕原文への活字への転記は、ベルゲン大学ウィトゲンシュタイン・アルヒーフによって、機械解読可能な版を全遺稿に対して作成するために開発されたコンピューターシステムMECS-WITを用いて行なわれた。MECS-WITはウィトゲンシュタインの特異な書記法を、多数の修正、抹消、挿入、書き直しなどを保存しながら、原文に忠実に再現するという構想の下に設計されている。
『哲学宗教日記』は、「特異な書記法」――つまり、暗号文、下線、二重下線、破線などが使用されている書記法――のうえに、「抹消、挿入、書き直し」などがあります。それらにくわえて、文字の濃淡がありますし、ウィトゲンシュタインの手書きの文字にはかなりの癖があります(下の複写ノートの写真を参照)。
私には想像できませんが、こうした特異な手書きの文章を読み取るソフトの開発に携わった、研究者・技術者たちの長年にわたる苦労は、並大抵のものではなかったでしょう(註1)。
ウィトゲンシュタイン・アーカイブズがある建物
この5階に、ウィトゲンシュタイン・アーカイブズがあります。
いざ、アーカイブズへ!
案内板がありますが、一番うえ(5)の部分の最後に、“Wittgensteinarkivet” とあります。右の男性は動画「ウィトゲンシュタインのノルウェー(15分版)」の製作者・松野智章氏(大正大学非常勤講師)です。
Dr. Erbacher 氏
Dr. Ch. Erbacher 氏は、ドイツのマールブルク大学出身のドイツ人で、学位はウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』で取得したそうです。なかなかイケメンですね。1時間以上にわたって、丁寧にアーカイブズの説明をしてくれました。
奥雅博先生の研究成果
「ウィトゲンシュタイン文献学」に貢献した奥雅博先生(元大阪大学教授)が、アーカイブズを訪れたさいに持参された科研の報告書(平成11年)です。奥先生以外にも、10人ほどの日本人研究者が訪れていました。もちろん、世界中から研究者がここを訪れます。
本棚にある本
本棚の半分以上をしめる赤い本が「ウィトゲンシュタイン・ペーパーズ」です。仕切板の右側の下から2番目の棚を見てください。大修館書店の「ウィトゲンシュタイン全集」の1冊(2冊かも)が見られます。おそらく、奥先生が訳された第1巻でしょう。
その右側に見える10冊ほどの白い本は、中国語版の「ウィトゲンシュタイン全集」です。『論理哲学論考』の日本語訳の出版は、1968年ですが、中国語訳は、それよりも40年以上も早い1927年に出ています。ちなみに、文番号の「1」は「世界是一切是情実者」です。
複写ノートの一部(1)
大量のこうした手書きのノート(ウィトゲンシュタイン・ペーパーズ)が、今ではCDロムに入っています。一部はインターネットでも見ることができます。
残念ながら、高価なので、私はそのCDロムを持っていません…。まぁ、ウィトゲンシュタイン研究の専門家ではないので、赦されるでしょう(笑)。
複写ノートの一部(2)
左側の真っ白な部分に注目してください。これは「私的な記述である」という理由で、編集者(遺稿管理人)が「読めないように」した部分です(現在は読むことができます)。ウィトゲンシュタインの遺稿の多くは、複雑な経緯をへて出版されています。
私は「宗教」や「戦争」などについて書かれている「私的な」記述に興味があります。
2003年に、Ludwig Wittgenstein: Public and Private Occasions (ed. by C.Klagge and A.Nordmann) という本が出ましたが、このタイトルは象徴的なタイトルです。
動画の中で、私はウィトゲンシュタインの小屋の跡で、鬼界先生が訳された『哲学宗教日記』を読み上げました。その英訳("Movements of Thought: Diaries, 1930-1932, 1936-1937")もこの中に含まれています。
おわりに
次回は、ウィトゲンシュタインが研究や教育を行なった、ケンブリッジ大学とその近くにある彼のお墓を紹介します。
アップは、9月1日です。
星川啓慈(比較文化専攻長)
【註1】
やや古いですが、飯田隆編『ウィトゲンシュタイン読本』(法政大学出版局、1995年)に収められている次の論文を読めば、ウィトゲンシュタインの遺稿やベルゲン・プロジェクトについて、情報が得られます。(1)奥雅博「遺稿研究の現状」、(2)フォン・ライト「ウィトゲンシュタインの遺稿」。
【付記】写真はすべて渡辺隆明氏(大正大学研究生)によるものです。