学部・大学院

「学び」と「実践」を通じた人材育成

国際文化コース

カルスタ、あれこれ(15)――脳と文化

はじめに

  今回は、最近読んだ新しい脳科学関係の本の紹介から始めます。M・ジーブスとW・ブラウンの『脳科学とスピリチュアリティ』(杉岡良彦訳、医学書院、2011年)です。原書名は『神経科学・心理学・宗教』 (Neuroscience, Psychology, and Religion) で、2009年に出版されました。ですから、かなり新しい研究動向がふんだんに盛り込まれていて、大変に勉強になりました。内容については、インターネットで調べてください。

 今回は、この本の第4章の「脳機能の諸原理」という部分と、これまでの5回のブログとを踏まえながら、一連のブログの締め括りとして、「脳と文化」というテーマで書きたいと思います。

 

content.jpg 

遺伝的設計図vs自己組織化する脳

ポパーとエクルズの『自我と脳』は、以前に原書名を示したように、正確なタイトルは『自我とその脳』です。これにはどのような含みがあるのでしょうか? 訳者の方も言及していたように記憶していますが、おそらく、「自我が脳に作用して、その人独自の脳を作り上げていく」という含みがあると推測します。つまり、私たち一人ひとりの脳は、私たち一人ひとりが作り上げていく、ということです。

そうだとすると、脳には「可塑性」がなくてはなりませんね。その点は、現在の脳科学ではどのように理解されているのでしょうか? 『脳科学とスピリチュアリティ』を参照しながら、要約しましょう。

脳には2つの側面があります。1つは、脳の不変的な「構造と機能」で、もう1つは、大脳皮質でおこなわれる「処理」という可塑的で自己組織化する側面です。前者の構造的・機能的側面は、基本的に遺伝的に決められているようです。

これに対して、生まれたときの人間の大脳皮質は、細胞の数、細胞から伸びる枝の複雑さ、神経細胞のつながり(シナプス)、長く伸びる軸索経路の発達といった点では、かなり未熟です。たとえば、前頭前野は、皮質の厚さ、軸索のミエリン化――細胞をコーティングしてより速く効率的な情報伝達を可能にすること――などの点で、成熟するには20歳代の後半までかかります。

 

大脳皮質.jpg

※図は、坂井健雄ほか監修『脳の事典』

(成美堂出版、2011年、33頁)より転載。

 

人間の乳児期とチンパンジーの子供とを比べると、人間の大脳皮質の成熟はひじょうにゆっくりしています。このように、人間の脳は成熟までに長い期間を要します。その間に、人間の脳は、認知的・社会的・文化的経験によって種々の影響を受け、神経が組織化されるのです。

脳の変化は小児期や思春期で終わるのではありません。大脳皮質が複雑さの点で成人レベルに達した後でさえも、皮質の機能的ネットワークは依然として可塑的です。このネットワークには、新たな経験や学習によって変化がもたらされるのです。言いかえると、大脳皮質は、経験・学習・想像・思考を通じて、機能的ネットワークの組織化と再組織化というプロセスを続けるのです。とりわけ、「記憶」と深い関係にあるとされる「海馬」は、生涯を通じて新たな神経細胞を受け入れ続けるといわれています。

 

脳と文化

以上のようなことから、このブログとの関連で強調しておきたいことは、次のようなことです。

①俗に「頭がかたくなる」と言われますが、おそらく普通の人が考えている以上に、脳は可塑性をもっているのです。それを信じて、生涯学習を実践したり、いろんなことにチャレンジしたりするのがいいのではないでしょうか。生涯を通じての「文化の学習」ということですね。

②上の脳科学の話を読んでいると、文化が違うと、Aという文化に属する人びとと、Bという文化に属する人びととの脳は違ったものになりそうですね。だとすると、異文化理解の難しさも、なんとなく、これまでとは異なった視点から分かるような気もしますね。でも、これに挫ける必要はありません。理解しようとする異文化に属する人びとと同じような脳をもつ必要は、あなたには全くないのですから。また、同じ文化に属している人びとの場合でも、すべての人が異なる脳を持っているのですから。

 

おわりに

5回連載の予定が6回になりましたが、今回をもって、秋学期前半のテーマである「脳科学と文化」に関係するブログは終わります。次からは、がらりと内容を変えて、「戦争と文化」をテーマに連載が始まります。ご期待ください。

アップは、12月の第1金曜日ですから、12月2日です。

 

星川啓慈

GO TOP