学部・大学院FACULTY TAISHO
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宗学コース
特別企画「学びの探索 教員版」第14回 堀内規之先生(真言宗豊山派)
公式Facebookページ開設を記念して、学科教員の研究の紹介や教員になった経緯などを紹介する企画です。大学HPの教員紹介よりも一歩踏み込んだ内容となっております。
高校までには居なかった、専門分野において突出した知識や経験を持つ仏教学科の先生たちを余すことなく紹介します。
第14回は宗学コースの堀内規之先生です。
本と人との出会い
出家と学問への興味
私は中学2年生で得度、すなわちお坊さんになりました。明治生れの怖い祖父を戒師阿闍梨として、真言宗豊山派のお坊さんとなったのです。しかし、中学・高校の頃はあまり仏教には興味が無く、高校2年生くらいまでは経済学に興味を持って、その類いの本を読んでいました。そんな頃私の高校に教育実習にきた先生が、私に哲学について興味をいだかせてくれました。その先生は、寺院の息子さんで、宗教学を専攻されており、高校の後輩である私に、西洋哲学からインド哲学まで、様々な哲学の話をして下さり、大学で哲学を学ぶ楽しさを教えてくれました。私はその影響を受けて、様々な哲学書を読むようになっていきました。
空海との出会い
そのうちに、梅原猛先生の『空海の思想について』という本と出会いました。この本によって、西洋哲学でもなく、インド哲学でもない、もっとも身近な自らの寺院の宗派である真言宗祖・弘法大師空海のことがもっと知りたくなったのです。とすれば、大正大学に行けばいい。前述の祖父は、大正大学第1回の卒業生でもあり、父も、また多くの親戚も大正大学を卒業している、これはもう大正大学にいくしかないと決め、家族に話しました。普段は怖い祖父が、このことについてとても喜んでいたと父から後で聞かされ、少しは安心させることができたのかと思っています。
大正大学での学びと研究
私が入学した頃は、埼玉県松伏町の埼玉校舎で1年生は授業を受け、われわれ宗門の学生は全員1年間の寮生活を行っていました。尞では一部屋4人で生活をし、お経の唱え方を勉強していました。2年生から巣鴨校舎で学び、無事に卒業しました。卒業論文は、仏教において心をどのように考えているか、それを知りたくて、法相教学を取り上げて、弘法大師の考えを中心にまとめました。そして、大学院に進学しましたが、なかなか研究テーマを決められずにいました。研究室の本棚を眺めていると、高崎直道先生の『如来蔵思想の形成』という分厚い本があり、これをふととり、読み始めました。この本の最後には、如来蔵系経典の流れが図式化されていて、その最後に『大乗密厳経』と記されていました。これはと思い、色々と調べてみると、真言宗の浄土とされる密厳浄土の典拠となった経典でもあることがわかり、この『大乗密厳経』を修士論文のテーマとしました。さらに博士課程に進学し、『大乗密厳経』を用いて真言教学を展開した仁和寺の学僧・済暹(さいせん)の教学を研究するようになりました。ただ、済暹は数多くの著作を残しながらも、散逸して現在その書名しか判らないものが多くあります。そのため、様々な大学図書館や寺院に所蔵されている写本を見に行きました。
研究者としての経験と学び
その中でも印象深いのが、東寺での閲覧調査でした。国語学・歴史学のとても高名な研究者の先生方と共に、写本を閲覧していました。その高名な先生方が、穏やかで紳士的な方ばかりで、本当の研究者というのはこういうものなのだと知ることとなったのです。このような調査は、高野山大学名誉教授の武内孝善先生や、今は亡き種智院大学元学長の頼富本宏先生のご紹介・ご高配があったからこそです。両先生は、若い研究者のために、労を惜しまず紹介状を書いて下さいました。また、写本についても多くを教えて下さいました。また当たり前ですが、大正大学の諸先生・先輩方の有り難いご指導があったのは、いうまでもありません。
今振りかえってみると、私がこれまでどうにか研究らしきものをやってこられたのは、本と素晴らしいご縁によって、多くの人々から刺激を受け続けたことによるものです。今後もそうありたいと思っております。