学部・大学院FACULTY TAISHO
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宗学コース
特別企画「学びの探索 教員版」第15回 林田康順先生(浄土宗)
公式Facebookページ開設を記念して、学科教員の研究の紹介や教員になった経緯などを紹介する企画です。大学HPの教員紹介よりも一歩踏み込んだ内容となっております。
高校までには居なかった、専門分野において突出した知識や経験を持つ仏教学科の先生たちを余すことなく紹介します。
第15回は宗学コースの林田康順先生です。
一緒に、そして真剣に―〈宗学〉の学び―
はじめに―自己紹介―
「生麦・生米・生卵!」 他のお寺に招かれて自己紹介をする際、しばしばこの早口言葉を皆さんと唱和します。横浜市鶴見区にある〈生麦〉という地名は、江戸に向かう2代将軍徳川秀忠公が、当時の村人が生の麦の穂を敷き詰めたことに感動して名付けられたと伝えられています。私の自坊は、その〈生麦〉にある慶岸寺という小さな浄土宗のお寺です。
大学時代の思い出― 浄土宗の教えに取り組むきっかけ―
今から40年前、法学部に進学した私は、日本国憲法を学ぶゼミに入りました。その頃、統一教会・エホバの証人・オウム真理教・幸福の科学など、いわゆる新宗教が社会の表舞台でさまざまな側面から注目を集めていました。霊感商法などが問題となっていたこともあり、ゼミの仲間と話をすると、必ずと言っていいほど宗教談義になったものです。無宗教を自認する仲間からは、「宗教なんて弱い人が逃げ込むところだ!」という批判を多く受けました。あるいは、創価学会や統一教会などに所属している仲間からは、こんな批判も受けました。
「阿弥陀さまなんているはずがない!」
「お浄土なんてあるはずがない!」
「お念仏なんてたいした功徳はない!」
浄土宗のお寺に育った私でしたが、恥ずかしいことに彼等の批判に正しく応答できる知識を持ち合わせていませんでした。こんな経験が、私が真剣に浄土宗の教えに取り組むようになったきっかけです。
私の研究テーマ―法然上人の思想形成―
私は、浄土宗祖・法然上人の思想がどのように形成され、確立していったのかについて、『選択本願念仏集』や「一枚起請文」など、法然上人の遺文を中心に研究を進めています。
法然上人在世当時、西方極楽国土にまします阿弥陀さまを信仰する浄土教は、全国津々浦々に広まっていました。しかし、その実態は、純粋な浄土教、純粋な阿弥陀仏信仰と言えるような状況ではありませんでした。例えば、有名な宇治平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像の頭の上には大日如来がいらっしゃったり、大原三千院の阿弥陀三尊像の後ろの壁には胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅が描かれていたりしたのです。こうした思想を密教浄土教などと言います。
法然上人は、こうした困難な状況の中、純粋に阿弥陀さまを信仰する浄土宗の立教開宗を目指し、それを成し遂げられたのです。それは実に画期的なことでした。翌令和6(2024)年は、法然上人が浄土宗を開宗されてから850年という記念の年を迎えます。
おわりに―一緒に、そして真剣に―
「仏教なんて古くさい!」「坊主丸儲けだな!」などなど。こんなことを言われた経験はありませんか?そんな時、あなたはどのように対応しましたか?みんな悩んでいるんです。そう簡単に答えは見つからないかも知れません。しかし、求めなければ、その答えも見つかりません。〈宗学〉とは、自身の信仰を学び、自身の信仰を深めていく学問です。一緒に、そして真剣に学びに取り組んでいきましょう!